プロフィール



夫 *****私より一つ年上 *4人兄姉の末っ子

長男 *****2005年の春から社会人です

長女、二女 *****お嫁に行きました

私   *****何時も25歳のつもり

”釣り人”は長男の、ハンドルネームです。
パソコンを始めたのは長男で 、次に私がハマりました
二人でHPを始めて「パンジーと釣り人の部屋」になりました。
長男に感謝して”釣り人”の名前を残しています。

++好きな作家++

松本清張さん  人の心の哀しさの描写が好き
夏樹静子さん  最期の驚きの結末が好き
森瑶子さん   男と女の心の綾の表現が好き

花が好き・ 癒し系ミュージック・一生懸命が好き
最近ハマってる物 パソコン・好きな 詩 「山のあなた」
幼い頃励まされた本 「次郎物語」 「フランダースの犬」




++私たちが結婚したのは++


彼が十八歳私が十七歳の時でした
本当に頼りなくて今にも壊れそうな私たちでした。
いつも精一杯頑張るのみ、そんな生活の日々でした。
思えば今初めて、のんびり過ごしているなと感じます。
私たち「出来ちゃった結婚」では有りません。
念のため!
彼は仕事で親元を離れ、寮生活で寂しかった
私は両親が幼い頃に離婚して、肉親の愛に恵まれず寂しかった
ある雨の日の事、傘が一本しかなかったので
相合傘で帰った
何だか恥ずかしくて何だか楽しくて・・・

++仕事が休みだった ++

ある日の事
デートの約束をしていた。
でも父親が怖くて、言い出すことが出来ず
やっと言えた時には
約束の時間はとっくに過ぎていた。
息せき切って駅に走ったけれど
電車は発車してしまった。
ガックリ肩を落としながら帰っていると
居ないはずの、彼の声が聞こえる
振り向くとそこに
彼が居た。
どうして??
私が駅に向かって、走る姿が見えたから
乗るのをやめた・・・と。
あんまり嬉しすぎて泣いてしまった。
純粋な透明だった頃の思い出。
今も純粋のつもりだけれど??

++私たちの旅立ち++

アパートの小さな部屋で
二人のままごとのような生活が始まった。
あの頃、サラリーマンの平均月収は三万円位
高度成長期の始まりで
職人の卵だった彼は、年の割には
お給料がもらえてた。
私達にとっては好都合だった。

++温かい家庭のぬくもりに++

憧れていた私・・・
いい奥さんになろう!
寛げる家庭を作ろう!って
希望に燃えていた。
今も燃えてる?
アパートって、隣に何でも、聞こえてしまうんだ。
知らなかったから大変。
隣の管理人さんに
私たちの楽しい風景が、聞こえていたみたい。
彼が仕事から帰ってきた時
奥の部屋から元気良く
「お帰りなさい」と
小走りに出迎える様子で
頭が痛くなったとか。
私の「お帰り」と言う、元気な声を聞くと
心臓がドキドキしたそうな。
始めはお料理も大変だった。
小さい時から
継母にいっぱい家事をさせられたけど
泥んこの菜っ葉の水洗いとか
根菜の皮むきとかの下働きばかりだったので
メインはやった事がなかったので、もうパニック。
初めての夕食は、カレーライス。
でも、ルウを入れても、とろっとして来ない。
どうしょう??
ゆるゆるのカレーを
「美味しい」
と言って、食べてくれた。
ふうっ冷や汗・・・だった。

三万円弱のお給料の中から家賃は七千五百円。
ローンを払うと残りは僅か。
毎日の食費は二百五十円しかなかった。
それでも少しのお釣りを、貯金箱に・・・
貯まったお金で、一本のビールを買いに行く。
彼が喜ぶ顔を、思い浮かべながら。

それでも、喧嘩はするのよね些細な事で。
後で考えると 、何から始まったのか
良く解らない事がある。
不思議!

++ ある日の事 ++

また些細な事から喧嘩。
年子の幼い子どもを二女を背中に
長女の手を繋いで家出の準備。
外に出て駅に向かったけれど
私には、実家が無い!
あてもなく彷徨って、諦めて帰るのが
いつものパターンだった。

よく考えると、帰る家が無かったから
今まで持ったのかな??
もしも、帰る家があったとしたら
きっともっと強気で
もっと我侭だったかも知れない。
私は辛い思いをしたから
子どもにだけは、何は無くても
温かい家庭をと願って来た。
ずっと、ずっと、そして、これからも・・・。

++結婚式  したかったなぁ++

私は母が居ないので
いつも不自由な思いをした。
だから結婚資金は出来るだけ
貯めておこうと、頑張った。
一生懸命働いた。
誰かが休めばその人の分も働いた。
デートの後で
「さようなら」
を言って帰るのは辛いから
結婚しょうと決めた。
ずっと離れずに、一緒に居たかったから。
ままごとのような生活だった。
家財道具はろくに無くて
テレビと冷蔵庫をローンで買った。
お茶碗二つ、お皿二つからの旅立ちだった。
それでも楽しかったなぁ 夢があったなぁ

グループサウンズが流行り
フォークソングが流行り....
今あの頃の六十年代ポップスが
妙に懐かしく感じられる。

++私の青春は育児と仕事で++

明け暮れて終っちゃった
でも、青春の頃流行った、小坂明子さんの
「あなた」
の歌そのままに
小さな家を建て、坊やがいて・・・
(坊やなんて言うほど可愛くないなぁ)
(子犬はいなくて、ウサギだけど)
小さな幸福がある。

++そうそうあれは++

長女が生まれてまもなくの頃だった
「今は幸せかい」という
佐川満男さんの歌がヒットした時の事
それまで、レコードなんて
買った事が無かった私が
ふと、レコード店に入り
初めて手にした一枚のシングル版

「今は幸せかい」は
別れの歌なのに
何故か私にはその時の
ささやかな幸せの事のように聞こえて・・・

その夜、彼が帰ってきて
「プレゼントがあるねん」
「私もあるねん」
と、お互い差し出して
(@_@)びっくり仰天。
同じレコードだった。
こんな事って有るのかなぁ。
お互い気持が同じだったんだ。
嬉しかった。

++私には、最高の贈り物だった++




++二女の たびだち++

二女は以外に早く、お姉ちゃんより先に
二十歳でお嫁に行った。
それも成人式の、式典に出席してそのまま
「行って来まーす」 と
実にあっけらかんと、したものだった。
私達は、毎日の生活で、精一杯で
娘達には、嫁入り荷物を、揃えてやれない。
自分達で働いて、準備をしてねと
いつも言っていた。
私はといえば、キッチン用品など
少しずつ少しずつ、買っては
押入れの中に、しまっていた。
いつか、その日が、来た時の為にと。
婿が
「お母さん、押入れから、何でも出てくるねぇ」
と、びっくりしていた。

二女は、働く期間が、短かったので
あまり満足な荷物は
準備出来なかった。
けれど、夫婦で、頑張って働いて
マイホームも建てた。
私のかつての暮らしのように、
年子の、二人の女の子の母として
頑張っている。




++長女の たびだち++


この時私は初めて
娘を旅立たせる寂しさを
感じたようなきがする。
二女には悪いけれど、二女の時には
まだもう一人、娘がいると言う余裕かな?
それ程、寂しさは感じなかった。
親にとっては、二人でも
本人に取っては、初めての事なのにと

解ってはいるけど、ごめんね。

長女は
「披露宴では、絶対泣かないでね、お願いだから」
と言うのが希望だった。
披露宴の終わりの挨拶の時
私が泣いたら、もらい泣きをして
ちゃんと言えなくなるからと、言うのが
その理由だった。

長女は、質素でも、自分達らしく
心のこもった披露宴をしたいと
仕事から帰っては、遅くまでかかって
宴に出席して下さるお客様
一人一人に、メッセージカードを作っていた。

結婚式当日、席に着くと
メッセージカードがテーブルに、置いてあった。

「お父さん、お母さん
悩ませたり
怒らせたり、泣かせたり、・・・
何かと手の掛かる娘でごめんね。
今日の日を、迎えられたのは
お父さん、お母さんのお陰と
本当に感謝しています。
私もいつか 子ども達に
ありがとうと、言ってもらえる
幸福な家庭を築きます。
本当にありがとう」

と、書いてあった。
披露宴が終わるまで 涙をこらえるのに困った。
必死だった。
彼は、もうとっくに、こぼしている。
私は約束だから・・・

寂しさが、込み上げてきたのは
長女が新婚旅行に、飛び立っていった
次の朝の事だった。
朝食の味噌汁を
うっかり、長女の分も作ってしまった。
あぁもうあの子の分は
作らなくていいんだ!
そう気が付いたとき、涙があふれ出てきて
止まらなかった。
披露宴で我慢したものが
一気に噴出した。
あの時のメッセージカードは
今も大切にしまっている。

今どちらも、同じ母となって
姉妹仲良く、助け合っている。
同じ立場になって、解り合える事がある。

後は家にいる「釣り人」の事。
まだまだ先が長い・・・長すぎる??
どうなる事やら。
言う事は一人前の事を発するのだけれど
行動が・・・??伴わない。
「お母さん長生きしいよ!僕が楽をさせてやるからな」
なあんて、言ってくれる。本当かなぁ?
当てにしないで、待ってるわ。
早く大人に成ってよね。
「釣り人」が、結婚するまで
生きているのかしら?
彼によると
「絶対長生きするわぁ」
らしいんだけど??











++結婚して ++


2004年12月17日 結婚37周年を迎えました
結婚して37年??もうそんなに経った??
全然成長してないなぁって感じです

早くに結婚したから、もうらくな筈だったのに
何故かまだ子育て中なのです

初めは年子で生まれた娘ふたり
幸福な結婚をして、子どもはどちらも二人ずつ
かくして私は四十一歳でおばあちゃんと言う名を貰ってしまった。

三十九歳の時の衝撃の出来事、三人目の子、男の子誕生!
この子が、色々な事を体験させてくれる
そのひとつが、パソコンだった。

パソコンに、入っていった、初めの一歩は
長男の、小学六年生の時の、担任の先生だった。
一緒にメールしましょうと 言って下さった。
それが出会いの初め 。
長男の為に買った筈のパソコンが
いつの間にか私の友達に!
少しずつ成長していけるかな?
何度も何度もやり直しながら、此処まで来ました。
一番初めにきっかけを下さった先生、ありがとうございます
そしてこの部屋に来てくださる皆様、ありがとうございます。
もっと勉強して成長したいと思います。




素敵な素材頂きました♪